月夜見

   “月夜に躍るのは”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

陽のあるうちはまだ微妙に汗ばむものの、
早朝や宵以降はともすれば肌寒いくらいという過ごしやすい気候となった。
さわりとゆるく吹く風に、どこで咲くのか金木犀の甘い香りが滲んでおり、
それだけで秋がこっそり近づきつつあると感じ入る。
どちらかといや賑やかな、
人々の暮らしという生気に満ち満ちた下町にあたろう場所だのに、
そんな抒情的なことへふと気を取られたのは、
今がその人通りもすっかり絶えた、夜更けという頃合いだからだろう。
幕府の膝下であるお江戸のご城下に倣う義理があるわけでもないけれど、
このグランドジパングでも夜中に出歩くのは禁じられており、
夜回りの岡っ引きの親分等々に見咎められるし、
何処の誰それかと素性を問われても文句が言えぬ。
さすがにそのまま“国家転覆の謀議を計っていたな”とまでは言われぬが、
怪しいと思われたならそのまま番屋へしょっ引かれることとなってしまうので、
自然と不要不急の夜歩きは基本的に控えられているのだが、

 “だってのをどう解釈するものか。”

人の目がないので助かるとほくそ笑み、
夜陰に跳梁する怪しいものが、こんな平穏な藩にも多少は居るようで。
大通りへ大きな間口を構えてその隆盛を知らしめる大店へ、
匕首片手に徒党を組んで押し込んで金品を奪う強盗や、
そんな輩が奪取した出処の怪しい物品を 港や蔵へこそりと輸送する一団や、
ただただ人を困らせて溜飲を下げたいと、陰湿な嫌がらせを仕組む下賤の輩などなどが、
治める側の寛大な技量とそれを慕う領民たちの善良さにより
古今東西に例を見ないほど物心豊かなこの藩にも紛れ込んでいるようで。

 『親分親分、助けてやってくれよう。』

いつも遊んでと飛びついてくる長屋の腕白が、
口惜しいけれど子供の自分じゃどうしようもないんだと泣きついて来たのは昼下がり。
先日来から、大路の広場の一隅に粗末な小屋を掛けて興行を張っている一座があって。
どこか遠くの、噂じゃあ海の向こうからやって来た
ちょっと変わった種族の人たちで構成されており。
着ぐるみとか仮装ではなくのこと、頭の上に獣の耳が立ってたり、
尻からゆらゆらと毛並みのいい尻尾が垂れてたりする彼らは、
愛嬌たっぷりの素晴らしい笑顔とともに、それは見事な曲芸を見せてくれて。
天幕の中、見上げれば首が痛くなるほど高い高い主柱までピンと張った綱の上を
何の手掛かりもないのに真っ直ぐ立ったまま駆け上ったり、
同じ高さのもう一つの柱まで二つ下げられたブランコを揺らし、
片やから片やまで、相当な距離があるのをぴょいと飛んでわたって見せたり。
そうかと思えば、板戸に背を預けて立ったお仲間の体の輪郭すれすれへ、
小柄を立て続けに投げて、でも全く触れてはいませんという驚きの妙技を披露したり、
綺麗な白馬が場内を輪を描いて駆けるのの背へまたがり、
そのまま逆立ちになってみたり宙がえりをしてみたり。
飛んだり跳ねたり、時々は転んでおどけたりと、
そんな楽しくもドキドキする見事な芸をたくさん見せてくれる曲馬団だったのだが、

 『そこの人たちが、
  夜な夜なご城下のあちこちで
  盗みを働いたり物を壊したりしているって言われ出してて。』

夜歩きは厳禁とされているので、
どれほど開けた町屋筋でも陽が落ちた以降はほとんど人の姿も絶えて無く。
夜回りか何か先に大きな催しがあっての支度にかかっている夜なべの工房か、
そんな人たちへ夜食にとちょっとした食べ物を賄っている夜鳴き蕎麦や屋台のあきんどか、
表へまで出ている者といや、そんな顔ぶれしかいないはず。
ましてや明かりも満足に灯されちゃあいないので、
提灯でもあればともかく、無灯火で行き来するなぞ怪しい以外の何物でもなく。
そんな拵えの人影が街路を翔ったのをたまたま見てしまった人らの言い分によれば、
そりゃあ身軽そうにあっという間に路地から路地を渡っていった人影は、
ちらとしか見えなんだが、

 頭に三角の耳があったような

尻から尻尾が下がってたという声もあり、
まさかまさか、日頃の評判と言い、
一応は城主膝下の役所が吟味したうえで許可し、
ご当地に居を据えての興行という身の彼らなのだという肩書と言い、
そのようなとんでもない悪行に精を出していようなどと、
そうそうにわかに信じられはしなかったれど。
そんな風評が流れたせいか、ついつい夜中に目が覚めると外を見る者も増え、
そんな彼らまで怪しき影を目撃してしまってはもういけない。
疑りたくはないけれど見てしまったものは曲げられない。
一体どういうことなのか、真っ当な真実を公明正大にさらしてほしいと、
いきなり中傷が沸き立たないところがまだまだ温厚な領民たちならではなれど。
それでも口さがない人がいないわけじゃあない。
幼子たちへ、一応は親切心からだろう、

 あの獣人たちへは近づいちゃあいけないよ?と

かどあかされるよ、頭から食われるよなんて、
根拠のない ひどいことを付け足す者もいて、
それで逆に心が傷んだ腕白くんに泣きつかれ。
そろそろ月見も間近いみごとな月華が煌々と照らす大路を、
町屋の二階、そのまた上の屋根瓦の上へしゃがみ込んで見下ろしていた小さな人影。
脚を折り曲げ、腰を低くしてはいるが、細っ濃い背条はしゃんと伸び、
まだ前髪は残したちょんまげ頭を
手持無沙汰からだろか、ほりほりと十手の先で掻いていたものの、

 「……っ。」

視野の中に何か見つけたらしく、
そりゃあ楽しそうな顔となり、ぺろりと薄い唇を舐めてから、
ひょ〜いっと両腕を向かい側の店屋の庭の頑丈そうな松の木に届かせ、
とてもじゃないが届くはずのない距離を渡らせた、両の腕に溜めたるゴムの反発利用して、
しゃがんでいた場所から身を浮かすと、そのまま勢いよく夜陰を飛翔する。

 「ゴムゴムのロケットぉ〜〜〜〜〜っ!」

 「え? げぇぇえええぇぇっ!!」

背後から文字通り飛んできた雄叫びと、
何だ何だと振り返った視界の中で あっという間に実物大にまで育つ無邪気な少年の笑顔と。
それを見届けたことを脳が把握したより先に、ドッカンと物凄い衝撃が背中を殴打し、
綺麗に整えられていた商家の庭先へ、無様にも一緒くたに転げ落ちていた黒装束の男は、
その足元へ何の獣のそれか毛皮を貼りつけた耳もどきを落っことし、
尻からは今にも剥がれ落ちそうな尻尾の飾りを帯に挟んで提げていて。

 「お前、ミンク一座のものか?
  だったら何でこんなとこに居る? 何系統のお仲間だ?」

無様に顔から着地した男の背中にまたがった格好、
文字通りの馬乗りのまま、屈託のない声で矢継ぎ早に問いかけるのは、
ここいらを見回りの預かりとする岡っ引き、
背中に提げた麦わら帽子が目印の、麦わらのルフィという目明かしで。
赤い格子柄の着物に紺股引の下穿きという動きやすいいでたちを幸いに、
またがった相手の胴へその足を巻き付けて離すつもりはないようで。

 「な、何の話でがしょう。オイラはちょっとその、野生の血が騒いで散歩を…」
 「おっと、嘘ならもっと上手につきねぇ。」

にゃは〜っと笑った親分さん、
月光にその胴を舐められ、濡れたようにきらめいた十手でトントンと肩先を叩きつつ、

 「その耳と尻尾からして犬系とみたが、
  だったら今時分は表へ出ているブルックンとこへ殺到しているはずだ。
  大好物の骨の身なのを“死体男爵”なんて呼ばれてて、
  ちょっとでも療養所の外へ出れば、どう嗅ぎ付けるのか山ほどのお仲間にたかられる。」

へへへぇと楽しそうに“残念でした”と言ってやり、

 「ネコ系のお人ならならで、
  ここ数日の不名誉な噂を自分らで拭おうと、一団率いてあちこち警戒中だ。
  こんなところで散歩しているはずがねぇ。」

 「う…。」

もうすっかりとバレてんだよと言いたげに、
日頃の幼いお顔がどうすりゃあそうなるか、
目許をすっと細く冴えさせ、馬乗りにした相手へ冷え冷えとした視線を降らすと、

 「俺りゃあこれでも怒ってる。
  大事な友達を、ちっちゃいのとおっきいのと両方、困らせ泣かせた奴らにな。」

そうと言いつつ、腕まくりしながら利き腕側の肘を引き、
思い切りの勢いつけて殴り飛ばす構えを散った麦わらの親分は、ふとにっこり笑ってから、

 「そうそう。沖合に居る手前らの親方んとこには、
  今頃コブラのじっちゃんが船手組を差し向けてっから、
  早けりゃ今夜中にも会えると思うぜ?」

 「ひぃぃいい〜〜っ。」

感謝しなとの笑顔もそうなると凶悪なそれ。
絶望というスパイスつけた拳骨が、
親分にしては就業中だからとの遠慮がちに、ガツンと一発食らわされたのであった。




悶着のあった庭からちょっと離れた別の屋敷では、
明々と行灯が灯されている広間らしき部屋の障子戸が、
スパーンッとそりゃあ勢いよく、敷居をすべって左右に開き。
寸前までそこへ黒々とした影絵として映っていたらしき人影が二つほど、
わたわたと浮き足立ったまま濡れ縁の向こうへ転がり落ちる。
あわわと腰が引けたそのまま苔を踏みしだいて後ずさる彼らの慌てように、
りいりいと鳴いていた秋の虫らも声を落とし、
その代わりのように、ゼイゼイという息遣いがうるさく響いて。

 「罪のない外つ国からの客人らへ濡れ衣着せて荒稼ぎをし、
  お宝攫って船でトンズラとは、なかなか大胆な手口だな、ごら。」

この藩で興行を張っている動物系の異民族らは、
食い詰めた流れ者なんかじゃあなく、実はれっきとした外つ国からの派遣団のようなもの。
彼らからすれば“毛並みの薄いサル”の一族とも交流を持たんと、
まずはの手始め、興行という格好で公には秘密裏に様子見をしているとのことで。
幕府としても要らぬ騒ぎや面倒はかなわんと、
国内で最も平和で安寧に満ちた藩、こちらグランドジパングへの滞在を許可したという順番なのであり。

 『あああ。また貧乏くじ引いた〜〜〜。』

此処を監視するお役目負ったどっかの虚無僧もどきの隠密さんが、
盛大な溜息をついてつなぎの夜鳴き蕎麦屋の大将へ愚痴ったのが先週の話。
最初は穏便だったが、悪事を働く者らというのはどこからどんな悪知恵を生むものか、
妙な押し込みの話が沸き立って、あれよあれよという間に、その曲馬団が疑われ出して。
しかもどうやら、あの能天気、もとえ無邪気な顔して最強な親分のところに
彼らの疑いを晴らしてやってと泣きついた坊やがいたりしたものだから。

 “こりゃあ暢気に様子見だの地固めだの言ってらんねぇ。”

早速のこと、情報をまとめ、目串を差してた怪しい輩のたまりを監視し、
物品の動きが一番活発な連中を睨んで追えば、
途中からややこしい装備を頭や尻へ付け出したので、
こいつは大当たりらしいと凶悪そうに笑ったそのまま、
押し込みにと大戸を破った連中の後へそのまま続き、
追いかける格好でしんがりからホイホイと錫杖で薙ぎ払い、
とうとう先頭切ってた二人ほどを残すのみとなったのが今さっき。
突風のように駆け込んでそのまま勝手に倒れてゆく賊へ、
何が何やらと呆然とするばかりの家人らへは、

 『すいませんねぇ。』

じきに捕り方が来ますんで、それまでこ奴らは私が監視していますと、
手際よく片っ端から捕縛してゆく、大柄なおじさんに、
はアさいですかと応じを返すばかりだったりし。
そんな後方には目もくれず、
中庭へ追い込んだ最後の二人ににやにや笑って詰め寄りかかった、
墨染めの衣姿の坊様だったが、

 「ま、待って、アタシら、あいつらに脅されて。」
 「そそそっそうさ。
  仲間のように振る舞わないと、天幕に残した仲間を殺すと脅されて。」

いかにも怖がって身をすくめるのは、ウサギらしき長い耳をした女と男の二人だが、

 「嘘ばっかりっ!」

そんなお声が場外から飛び込んで、

 「よくもアタシに成りすましたね。
  おかげでアタシの方が番屋へ連れてかれかかったんだよ?」

そっちの女と、びしぃッと指差したのは、
それは愛らしいウサギさんが人型になったような、ミンク一座の曲芸師さんらしく。
お転婆な口調で言いつのる様からして余程腹にすえかねているようだったが、

 「ななな何を言い出すんだ、あんたこそ偽物じゃないか。」

坊様に追われた側も今捕まるわけにはいかぬか必死で言い返す。そこへ、

 「じゃあ、この夜食を受け取れっ! キャロットちゃん!」

夜陰の中をどういうコントロールか、
二人のウサギ娘目がけて同じくらいのニンジンが放り込まれて。
つややかではち切れんばかりという育ちようはなかなかに良質のそれと素人目にもうかがえたが、

 「はややっ、これはっ、サウスブルーのトッコク島ニンジン!」

後から現れた方のウサギのお嬢さんが、赤くてつぶらな瞳をウルウルさせて
両手掛かりで掲げ持ったニンジンを夢見るように眺めて絶賛し始める。

 「滋味深くて甘くておいしい、しかも茹でると輪切りにしたところに太陽の形の輪が浮かぶvv
  作るのが難しく、ここまで大きいのなんて論外で、
  そのくらい伝説のニンジンで滅多によその国では食べられないのに…?」

 「おうよ、よくもそこまで知ってたな。
  それは俺が馴染みにしている、阿蘭陀渡りの荷を扱う船主から貰った逸品だよ。」

煙管を片手に涼しげな水色の双眸を細めたは、
一膳めし屋『かざぐるま』の金髪頭の板前さんで。
食っていいぞという前に、
もうガジガジと食べ始めている無邪気なお嬢さんの方が本物で、
彼女の言い分が正しいとなれば、

 「さてさて、嘘をついたから倍のお仕置きが必要だよね?」
 「女は蹴らないんじゃあなかったか?」
 「ああ。だから俺はこっちの兄ちゃんと遊んでやる。」


女性尊重主義と謳っておいでの伊達男さんの勝手な分配へ、
おいおいと苦笑をした人相の悪いお坊様、

 「俺だって女相手に手ぇ上げんのは気が引けるんだが。」

とはいえど。

 「女だからっていう依怙贔屓はよくねぇよな。」
 「そんなぁ…。」

何処から出したか荒縄取り出し、
グルンと振るってウサギさんもどきの女怪盗を縛り上げると、
庭の枝ぶりのいい松に提げてよしとしたのが判明するのは、
捕り方の面々がやっと駆けつけた夜半のお話。
久方ぶりの捕り物話、お月さんが苦笑交じりに見下ろしてござったそうな。





     〜Fine〜  17.09.25.


 *あああ、ちいとも親分と坊様の絡みがないっ!
  きっと怪しいのが引っ立てられてった後に、夜鳴き蕎麦屋で合流するんですよ。
  別に言い合わせてなんかなかったけれど、
  見やすいところに屋台が出ていて、

  「おお、蕎麦一杯くんね…あ、坊さんじゃねぇか♪」
  「おや奇遇ですねぇ。」
  「だな、あ、そうそう俺今仕事してきたとこなんだ。
   盗人とっ捕まえたんで、今日はもう見回りいいって言われててvv」

  いいのか、捜査情報流しても、と。
  無邪気すぎるのへ苦笑をこぼしつつ、
  秋の夜長を楽しく過ごしてほしいものですねvv

感想はこちらvv めるふぉvv

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